南三陸町災害FMスタッフ:内ヶ崎さん

※このインタビューは2011年11月7日に収録しました。 菅原:現状を今夜もお伝えしたいと思います。今回、電話をつなぐのは、南三陸町の災害FMラジオで活躍していらっしゃいます内ヶ崎さんにつなげたいと思います。内ヶ崎さん、こんばんは。 内ヶ崎:こんばんは。 菅原:よろしくお願いします。 内ヶ崎:よろしくお願いします。 菅原:9月の中旬でしたか、南三陸町のほうの被災地支援ということで、しばらくたちました南三陸町のほうにうかがったんですが、そのときに災害FMに出演させていただきました。 内ヶ崎:その節はどうもありがとうございました。 菅原:いいえ。内ヶ崎さんは、本当に貫録のあるラジオのナビゲーターというふうな感じがしたんですけれども、後で聞きましたら、そうではないということで、お年も若いんですよね。 内ヶ崎:そうですね。そんなに若いわけじゃないですけれども、あのメンバーの中では若いほうです。 菅原:今、お幾つですか、お年は。 内ヶ崎:ことしで28に。 菅原:しっかりした方で、それで、実際には、あのときも仮設住宅にお住まいの被災者の一人ということでびっくりしたんですよね。 内ヶ崎:ええ、そうですね。厳密にいうと、私自身は違うんですけれども、メンバーはもう仮設の人がほとんどでやっております。 菅原:そうですか。災害FMというのは、南三陸町のベイサイドアリーナの2階にあるんですが、あれはいつごろからああいう形でラジオ放送されるようになったんですか。 内ヶ崎:震災から2カ月ぐらいたった5月17日から始めております。 菅原:きっかけは、町のほうでそういうのが必要だということで、スタッフを集められたわけですか。 内ヶ崎:そうですね。町でラジオをするので、やりたい方は居らっしゃいませんかということで話を聞いて、では、やりたいですというふうに手を挙げて参加しました。 菅原:内ヶ崎さんは、被災したときはやはりとても大変だったと思うんですけれども、どこに避難されたんですか。 内ヶ崎:最初は、前の職場に居まして、隣の気仙沼市というところなんですけれども、そこの高校のほうに、避難を最初しました。 菅原:じゃあ、最初はやはり大きな学校の体育館とか、そういう感じですか。 内ヶ崎:ええ、そうです。高校の体育館にも、そこの近所の人がみんな集まったような状態でしたね。 菅原:じゃあ、本当に過密だし、それこそ断水、停電、いろんなことがありましたね。 内ヶ崎:そうですね。当日は雪も降りましたので、すごく寒かったのを覚えています。 菅原:食糧も最初のうちは来なかったんですよね。 内ヶ崎:ええ、何とか備蓄というものを分けてなんですけど、やはりそれもお年を召した方がやっぱり優先で渡したりとかしましたので、ものによっては私のところまで来なかったりとか、そういうこともありましたね。 菅原:そういう一番苦しかった時代から、次の5月連休あたりからボランティアの人がたくさん入ってきたりして、5月17日あたりというと、一応、5月の連休でものすごく華々しく南三陸町は、ラジオ、テレビ、それから芸能の方々が次々にベイサイドアリーナでイベントをやるというふうな、そういう感じがしましたけれども、とても、ある意味では、にぎやかでしたよね。 内ヶ崎:いっぱい人が来たという意味では、にぎやかでしたね。 菅原:でも、一方では、やはりまだ水が来なかったんですよね。 内ヶ崎:そうですね、そのときはまだ水は出てませんでした。 菅原:あと、亡くなられた方たちが収容されている場所が、このベイサイドアリーナのすぐ隣なので、とても明暗が分かれるというか、片方では放送が始まり、皆さん、前向きにいこうというのと、片方では、まだ見つかってない遺族を探すという人たちが、次々にそういうところに訪れるというところが、隣合わせでしたね。 内ヶ崎:そうですね。ベイサイドアリーナの外では、もういろんな方が来て炊き出しをしてくれたり、にぎやかなんですけれど、やっぱり中に入ると、DNAの鑑定の場所だったり、安置所だったりということで、建物の外と中なのに、こんなに違うのかなという感じがありましたね。 菅原:そういう意味では、主人が行ったときも、ちょっとそういうにおいがしたということもいってましたが、誰もそういう話はしないんですけれども、本当に明るい部分と、そういう本当につらい部分が隣合わせの、そのちょうど接点のところで放送を毎日頑張っていらしたんですよね。 内ヶ崎:そうですね、はい。外のにぎやかさも、中からお経とかも聞こえるときもあったんですよ。そういうのも聞きながらの作業とかもありましたね。 菅原:仮設が建ち始めて、7月、8月から、だんだん9月になったら、ほとんど全員が、もう仮設に移られたんですよね。 内ヶ崎:そうですね、はい。 菅原:放送の中で、役割としては、どういうことがラジオの目的になってるんですか。 内ヶ崎:最初のうちは、炊き出し情報だったりというのが目的だったんですけれども、最近は、どちらかというと、元気な声っていえばいいんでしょうか。町の人の元気な声を届けることも、仕事の1つになってきているように感じます。 菅原:今、スタッフは何人でしたっけ? 内ヶ崎:今、9人です。 菅原:9人でミーティングをしながら、今の時期は町の人たちの元気な声を届けながら、次の人も元気になるようにと、こんなふうに仕事を再開したよとか、海の幸を求めてまた種付けをやってますよとか、いろんなそういう情報が次々出てくるわけですね。 内ヶ崎:そうですね。例えば、漁が再開したとか、あとは子どもたちの声ですか。学校が再開というか、普通に動いていて、今、運動会とかのシーズンなんですね。ついおとといも、ベイサイドアリーナで幼稚園の運動会がありまして。 菅原:素敵ですね。 内ヶ崎:その声をそのままお届けしたりとか、そういうのもして、そういう明るい話題というのも、だんだんと出てくるようにはなりました。 菅原:良かったですね。やっぱり子どもの元気って、大人たちは癒されるし、そして、思わず笑顔が出てきますよね。 内ヶ崎:そうなんです。音とかも聞こえてきたんですけれども、楽しそうで、楽しそうで。 菅原:そうですね。子どもは本当に天からの授かり物といいますけれども、まさしくこういうときには、それを実感しますね。 内ヶ崎:そうですね。 菅原:内ヶ崎さんは、今までのお仕事って、何だったんですか。 内ヶ崎:震災前までは、塾で講師をしておりました。 菅原:だから、落ち着きがあるというか、とても文化度が高いというか、そういう印象を受けたんですが。 内ヶ崎:ありがとうございます。 菅原:じゃあ、今のお仕事もぴったりですね。 内ヶ崎:そうですね。しゃべるというか、教えたりとか、何か私の知っている知識を相手の方に伝えるという意味では共通していますので、一応その経験はいきているのかなあという感じです。 菅原:お話が、大変に説得力があって、温かい声と、それから間のとり方とか、お話が、とても耳障りがいいのと、声が安定してるんですよね。 内ヶ崎:ありがとうございます。 菅原:いえいえ、本当にそうなんです。でも、ほかの方もそうでしたよね。皆さん、本当にベテランのように、私のほうから見えましたが。 内ヶ崎:ありがとうございます、そうですね。 菅原:本当にみんな仲良く、目的意識が1つなので、何としても南三陸町を復活させたい、みんなを元気にしたい。そして、困った人が困ったままでいないように、どこに行ったら困らなくなるのか、誰がそういうことに対して相談を受けつけてくれるのかとか、お金の相談もあれば、仕事の相談もあれば、お年寄りだったら病気の相談から何から、いろんな相談があるんですよね。 内ヶ崎:そうですね。やっぱり仮設住宅に入っていらっしゃる方とかは、今は全然情報というのが入りませんので、何かあったときに、例えば、病院だったりっていうのは、どこに行ったらいいかとか、何時からやっているのかとか、なかなか分からないので、そういうのを、そういう人のために情報を伝えるのが、やっぱり目的の1つですね。 菅原:だから、このラジオがあるおかげで、孤立しがちな、むしろ体育館に居たときのほうが情報は、隣の人に聞いても、若ければ何でも教えてくれるから、それから、ボランティアスタッフだとか、常駐している役場の人だとかに聞くことができたんですが、今は聞けないので、遅れてしまう人は、えー、知らなかったということで、どんどん、どんどんみんなの前向きな進んでいくのから取り残されることもあるわけですよね。 内ヶ崎:そうですね、それが今の一番の課題ですね。 菅原:だから、そういう意味では、皆さんのおやりになっているFMっていうのは、すごい力ですよね。 内ヶ崎:どこまで力になれているか分からないですけれども、少しでもなれればと思っています。 菅原:今、そろそろ秋冬になりかけてきましたが、もう寒くなってきてるんじゃないですか。 内ヶ崎:朝晩はすっかり冷えるようになりました。 菅原:仮設住宅の床下がすごく冷えるということを聞いているんですけど、仮設の床下からの風の吹き込みとか、断熱材がなくて、これから断熱を改めて工事するっていう話もちょこっと聞きましたが、どうですか。 内ヶ崎:仮設住宅によってやっぱり異なるんですけれども、カーペットを敷いたりとか、あるいは、壁に断熱材を貼ったり、断熱塗料っていうのが今あるみたいなんですけれども、それを塗ったりとか、それぞれがそれぞれの防寒体制に動いているというのが現状ですね。 菅原:まだまだ一歩進むと、また課題が出てきて、そうやって1つ1つクリアしながら、来年を迎えていこうという感じですね。 内ヶ崎:そうですね。とりあえず一歩一歩ですね。 菅原:このお仕事は、来年の何月までなんですか。 内ヶ崎:3月いっぱいで、一応終わりとなります。 菅原:でも、もったいないですね。まだまだやってほしいですよね。 内ヶ崎:そうですね。なんで、その後、今、どうなるかというのを、みんなで模索をしているところです。 菅原:最近では、昔のいわゆる店舗ですね。そういう商店をやってた人たちが、移動の車で、いわゆる仮の店舗を移動車でやる人も出てきたっていう話をちらっと聞いたんですけど、そういう新しい動きが出てますか。 内ヶ崎:仮設ごとに回って野菜を売ったりとかという方も出てきていますし、あと、この冬に、仮設を商店街というか、プレハブを使った仮設店舗がまとまってオープンすることが、どうやら話が出てきてますので。 菅原:良かったですね。 内ヶ崎:そういう再開が少しずつ聞こえてきています。 菅原:私はそれを一番、こないだ行ったときに、一番やりたいのはそれなんですよといったら、やっぱり皆さん、ちょっとずつそういう流れの方向に動いて立ち上がっていくのが見えてきて、何よりそれはうれしいですね。 内ヶ崎:そうですね。 菅原:きょうは本当にありがとうございました。 内ヶ崎:いえいえ、こちらこそありがとうございました。 菅原:これからのご活躍を期待しています。 内ヶ崎:ありがとうございます。 菅原:それでは、どうもありがとうございました。 内ヶ崎:はい、ありがとうございました。