石巻市在住:斉藤郁子さん

※このインタビューは2011年11月7日に収録しました。 菅原:今回電話をつなぐのは、斉藤郁子さんです。こんばんは、斉藤さん。 斉藤:こんばんは。お世話さまでございます。 菅原:斉藤さんからは、初めてていねいなお手紙をちょうだいしまして、それで、本当にまだお顔を拝見していないんですけれども、仲良くさせていただいてありがとうございます。 斉藤:いいえ、よろしくお願いいたします。 菅原:斉藤さんは、今、被災地のどこに居らっしゃるんですか。 斉藤:小学校のちょっと下方に住んでるんです。仮設では、犬が居るもんですから、ちょっと皆さんに迷惑かけるということで、下の賃貸を借りてるわけなんですよ。 菅原:場所としては、石巻市ですか。 斉藤:そうなんです。石巻市なんですけれども、石巻市から約30キロぐらいあって、1時間かかるんです。 菅原:あら、随分、離れてるんですね。 斉藤:そうなんです。本当に地図で見ると分かると思うんですけれども、本当に端っこなんですよ。 菅原:それじゃあ、その近くの仮設住宅も、随分、不便な場所なんですかね。 斉藤:そうなんです。ですから、津波になったときは本当に陸の孤島という感じで、物資も、いろんなマスコミの方も、全然見えられなかったんですよ、道路が寸断されまして。 菅原:そこに斉藤さんも、最初は避難所に居らして、それから仮設のかわりに借り上げ住宅というようなアパートのようなところに、今。家族、何人でお住まいですか。 斉藤:家族、今4人で住んでます。 菅原:斉藤さん、声がとってもお若いんですけど、実は年令は70歳超えていらっしゃるんですよね。 斉藤:そうなんですよね。 菅原:とってもチャーミングなきれいな声なんで。 斉藤:そうでございますか。ありがとうございます。 菅原:それで、私のほうにお手紙をいただいたときは、こちらのゴーイングトウホクというボランティアで健康ハンドブックをお配りしてたんですが、それをご自身で利用されてたんですよね。 斉藤:その前に、私が火葬場に避難してたときに、健康ハンドブックというのをいただいたんですよ。それで、それを、何もすることがないんで、それを読んだり、歌を歌ったりとか、健康のいろんなことが書いてあったんです。それを車で2カ月半ぐらい、寝泊まりしてたんですよね。火葬場のみんなと一緒に寝るわけにいかないし、犬が居るため。 菅原:じゃあ、車の中で2カ月以上も、本当、かたいイスの上で寒い中で寝てらしたんですか。 斉藤:そうなんです。 菅原:それは寒かったでしょうね。 斉藤:それで火葬場ですから、火葬場があって、上のほうはお墓があって、後ろのほうにもお墓があるという場所だったもんですから、夜はちょっと怖かったんですよね。でも、お年寄りの方たちにいろいろ励まされて、ここの火葬場というのは、みんな、魂がいっぱい宿ってるから大丈夫、みんな見守っているから大丈夫だと、お年寄りの方たちに励まされて、何とか2カ月半ぐらい、そこに避難していました。 菅原:それで、健康ハンドブックを利用しながら、運動したり、歌を歌ったりということを。 斉藤:はい、そうなんです。 菅原:とっても利用していただいて、ありがとうございます。そこから、ハンドブックをもっとくださいねというのがお便りに書いてあったんですよね。 斉藤:それから、そこ、皆さん、8月になって仮設に移られた方がほとんど居るんで、ちょうど先生の健康ハンドブックの後ろを見たら、もしあれだったらお送りしますよ、何かお役に立てますよというコメントが書いてあったんで、お手紙で請求といったらおかしいんですけど、お願いしたわけなんです。それで、歌のほうを送っていただいたんですよ。あれが、とっても喜ばれて。 菅原:良かったです。 斉藤:ええ、本当に。それでみんな、字の大きさもちょうどいいし、見やすい。それで分かる歌だからって、とっても喜ばれました。 菅原:初めてお便りいただいて、私は仮設に住んでないけど、何もすることがないから、仮設住宅に行って人を集めて、それでリーダーになって、みんなでお茶会したいんですと。それで、お茶会して、みんなで歌を歌ったり、ラジオ体操したりして、暇なお年寄りが孤立しないようにしたいんですっていうお便りだったんで、私はすごい感動したんですよ。 斉藤:そうなんですよね。どうしても仮設って、今まで隣近所とお茶飲みしてたのが、みんな、ばらばらになってしまって、隣に誰が居るか分からないという状態でね。 菅原:そうですね。それで、こちらのほうで、そういう手があったんだと思って、それでポットとか、ラジカセとか、それから歌集とか、それからお茶菓子とか、お茶とコーヒー、紅茶、みんな1セットにして送るようにね。すべて斉藤さんがきっかけなんですよ。今、何カ所にも送るようになりましたけれども、やっぱり自発的にお茶会をやって、そこでみんなが、自分たちの好きなことをおしゃべりしたり、歌を歌ったり、時々、ラジオ体操をするのもいいですよね。 斉藤:はい、あれはとってもいいですね、体には。 菅原:ラジカセも届きましたか。 斉藤:ラジカセは、10月30日ごろ届いたんですよ。それで、私たちの集まりは土曜日という集まりになるもんですから、土曜日に持っていったんですけれども、ちょうど小学校の学習発表会があったんですよ。仮設に居る方が、目の前が小学校ですから、だから、それと、ちょうど自宅解体の話が来たということで、ちょっと集まりが少なかったんですよ。それでかけてはみたんですけど、3人から4人ぐらいしか来なかったのね。 菅原:でも、これからもまた使えるし。 斉藤:そうですね。それで、お茶菓子とか、それからいろんなものをいただいたのは、みんな、集会所に持っていって、置いてて、それで、お茶飲みながら、これはこうだよ、ああだよってお話しして、それで、ラジカセ、それを一応かけてみたりはしたんですけど、ちょっとカラオケ大会まではいかなかったんですよね。 菅原:あと、CDもお送りしてるから、うちの主人なんですけど、いろいろ歌を歌ったCDをたくさん。 斉藤:ああ、そうですか。やすのりさん。 菅原:そうです、すがはらやすのりです。 斉藤:そうなんですか。10年ぐらい前ですか、石巻に居らしたこと、ありますね。 菅原:ありますね、はい。 斉藤:それで、私たち、お友達と見にいったんですよ。それで、テープを買ってきて、ちょうど亡くなった方もすがはらやすのりさんのファンだったもんですから。それで、あそこのテープの中に、あざみの歌ですか。 菅原:はいはい、入ってますね。 斉藤:あれが入ってたんですよ。これはお友達が好きだった歌だと思って、さっそくそれを。 菅原:ご供養になりますね。 斉藤:かけて、お友達にこういうわけなんだよって、送っていただいたからね、かけるからねって、心の中でいってかけました。 菅原:そうですか。本当に何がご縁になるか分からないんですけど、主人も、石巻とか南三陸町で、ボランティアでことしは4回も5回もコンサートやってるんですよ。 斉藤:4月にも石巻に居らしたって書いてありましたんですよ。だけど、なかなかこっちまでは来られないんだよね。やっぱり本当に陸の孤島で、半島だからねとはしゃべってたんですよね。ああ、そうだったんですか。やっぱりこれもご縁ですね。 菅原:ご縁ですね。斉藤さん自身が、そうやってみんなを集めて頑張られていること自身が、ほかの人たちから見たら、すごいリーダーですよね。 斉藤:いやあ、そういうわけにも。みんな、お互いに知恵を出し合って、何とかやってます。 菅原:またこれからも寒くなるけれども、でも、負けないで、皆さんと一緒にお茶会をやってください。 斉藤:ありがとうございます。あのね、この前集まった皆さんからも、あの本はとっても良かったっていってましたんで、私、そのうち、寄せ紙で書いておきますとはいってましたんで、皆さんの気持ちが本当に、ありがとうという言葉です。 菅原:また写真とかも送ってもらうと、助かりますので。 斉藤:写真も送ってもいいんですけど、こっち、現像する場所がないんですよね。 菅原:ああ、そうですか。そのまま送ってもらってもいいですよ。 斉藤:ああ、そうなんですか。 菅原:現像しないで。 斉藤:分かりました。そのうち、いろんな集まっていろんなことをやってますんで、そのときは、写真か何かでお送りしたいと思いますんで、よろしくお願いいたします。 菅原:ありがとうございました。じゃあ、これからもぜひ頑張ってください。 斉藤:はい、これからもいろいろとご相談することもあると思いますんで。 菅原:そうですね。皆さんで、また、自発的に集会所で、次はこんなことを取り組みたいとかあったら、うちのほうにまた相談してください。 斉藤:はい、ありがとうございました。いろいろご指導、ありがとうございます。 菅原:はい、こちらこそありがとうございます。 斉藤:これからもよろしくご指導のほど、お願いいたします。じゃあ、失礼します。