石巻市在住:Wさん

※このインタビューは2011年10月8日に収録しました。 菅原:今回、電話をつなぐのは石巻にお住まいのWさんです。こんばんは。 W:こんばんは。 菅原:Wさんはお年はお幾つでしたっけ。 W:私は41歳です。 菅原:お写真を見て、最初に支援物質をGoing TOUHOKUの方に申し込まれたときに、お写真を後から見せていただいたら、ワンちゃんとすごい若々しい人が写っていまして、イメージと全然、違って、かわいらしい、きれいな人だな、みたいな気がしたんですけども。 W:ありがとうございます。そんなこと、ないです。 菅原:最初、避難所に居たとき、避難所に入る前ですけど、地震と、それから津波が来たときはどういうふうにして逃げられたんですか。 W:まず最初は自宅に居て、外に逃げたんですけども、その後に大津波警報が流れて、そのまま急いでうちへ戻ったんですけど、もう鍵とか、どこにあるか分からないんですけども、無意識のうちに探して、子どもと犬を抱えて車に乗って、1回、そのまま実家に行き、お母さんと弟と実家の犬を乗せて避難場所のお寺に行ったんですね。山なんですけれども。そこに着いた途端にもう後ろから津波、来ちゃって、もうあと1~2台、遅かったら一緒に流されてて。 菅原:本当に危機一髪で、本当に危ないとこですね。お母さんと弟さんも一緒にいって、そこの2台の車で逃げたわけですか。 W:私の車に押し込んで。もう電柱も倒れてたから、実家は車、出れなくて、私の車に乗せてむりやり、そこの避難所場所に行ったんですけども、もうそこまでも津波、来ちゃったから、無我夢中で山に……。上に神社、あるんですけど、そこにもう子どもと犬、抱えて上ったって感じですね。 菅原:本当に不幸中の幸いで、ご家族全員が1人も欠けることなく、流されることなく助かったのは本当に良かったですね。 W:本当ですね。 菅原:でも、今でもやっぱり、その逃げたときのいろんなことを考えると、見てる前で流されていく車とかをご覧になって。 W:そうなんですね。今もちょっと、話ししてて寒気するんですけど、本当にあの光景は忘れられないですね。 菅原:私もこういうこと、聞いたら失礼だっていう気がするんですけど、でも、今回、被災地にまた再びあちこちに行ったんですけど、そのときに、本当に自分が一緒に話をして一緒に逃げた人が亡くなったとか、それでずっともう何カ月も泣きながら暮らしてる人とか、随分、見たんですよね。そういう意味では車もたくさん流されたわけですよね、ご自身の持ってた車とか。他にも車、お持ちだったんですか。 W:はい。娘のもあって、そのままうちに置きっぱなしだったから。まさかああいう大きい津波が来ると思ってなかったから、もう私の車で逃げたんですけども。 菅原:あと、また他の、お母さんと弟さんの車もなくなったわけですね。 W:そうですね。実家の分を合わせると、うちはもう5台、流されちゃって。 菅原:5台ですか。いや、本当に皆さん、それまでの暮らしが非常に、逆にいうと、東京人から考えると、みんな、4台、5台、車、持って、それで結構、私も家、行って、びっくりしたんですけど、立派なお宅が流されてますね。もしくは、立派な大きなおうちで、車がたくさん置けるような車庫をお持ちの方の家が全部、流されたり、それから、1階が全部、駄目になったけど、実は家が大きいっていうのを見て、東京で思ってるのと全然、違う、皆さん、随分、それまでの暮らしが優雅に、のびのびと楽しく暮らしてらしたんだなと思うと、余計に今、狭いところとか避難所とか、本当にご苦労でしたね。 W:いや、でも、命、助かっただけでも、もうしょうがないっていうか、もう諦めて。 菅原:ワンちゃん、連れて逃げられたら、避難所では場所によっては嫌がられたりするんですけど、それはどうでしたか。 W:幸い、私、行った避難所は……。私、1軒目、お断りされたんですね。うち、ダックスでちっちゃいんですけども、ちょっとまだちっちゃかったからタオルにくるんで隠して避難所に入ってたんですね。でも、実家の犬がちょっとほえちゃって、大きいから。じゃ、もうこれで駄目だって、お母さんと外に出たときに、知り合いのおばちゃんに、ここの避難所、犬、いいっていわれたからおいでといわれて…..。 菅原:そうだったんですか。うちも犬が居るので、娘だって犬のことを自分の子どもと思ってるから絶対、手放さないで連れていきますよね。そうすると、犬を飼ってない人にはその気持ちがちょっと分かりにくいですよね。 W:でも、犬もその場面を見てるし。で、外に出たときに、そのおばちゃんに声かけられて、もう軽トラの後ろに飛び乗って、子どもと私たち家族と、そこの避難所に連れてってもらって。 菅原:良かったですね。そういう意味では、親切な人も随分たくさん居るんですよね。 W:はい。お互い、犬、飼ってたおばちゃんだったので、いつもよくしていただいて。 菅原:今、Wさんが入ってらっしゃる仮設住宅はすごく大きなところだと伺いましたけど、何人、入ってるんですか。 W:ここは2,500世帯くらいは居るみたいですね。 菅原:最大の、大きな仮設住宅ですね、それは。 W:そうなんです。 菅原:仮設でも、100人、200人のとこはまとまれるんですけど、そこまで大きくなっちゃうと逆に、お互いの助け合い、今まで避難所の方は助け合いが効いたけど、それだけ大きくなると効きにくいですよね。 W:確かにありますね、それは。 菅原:集会所っていうのは幾つあるんですか、それだけ大きいと。 W:うちは3カ所、ございます。 菅原:それで、今、物資をくれる人がなかなか、サボタージュしたり、随分と、自分たちの気に入った人だけにあげちゃったりとか、問題があるみたいですけど。 W:ありますね、それは。 菅原:どんなことをやってらっしゃるんですか、集会所でその人たちは。 W:集会所では、どこかのボランティアかどこかには入ってるのか、ちょっと私もそこら辺は詳しくは分からないんですけども、結局、その人たちが1日居て、集会所に何か物資、来て、受け取ったり、あと、お茶会とか、毎日、電気のマッサージ借りて、業者さんが来てやってくれたり、いろいろ業者ごとはあるんですけど、でも、やっぱり……。 菅原:その物資を配るのはちゃんと平等に配ってないという、こないだ、Wさんがそういってらした。 W:ないですね、それは。 菅原:それは、連絡はどういうふうに来るんですか。 W:結局、そこの集会所に行かないと分かんないんです、もらえるって。 菅原:分かんないんですか。 W:はい。 菅原:じゃあ、毎日、毎日、見なくちゃいけないわけですよね。 W:そうなんです。 菅原:そんな暇、ない人は……。例えば、お年寄りの人なんて歩けないしね。 W:そう。車いすとかお年寄りの人は、だから、もらえない人が本当、いっぱい居ます。挙げ句に、私もたまに遅いとき、あるんですけども、行ったりしたとき、1回、並ぶの遅いからもらえないんだよっていわれて、ああ、と思って。でも、ボランティアしてる方は、ご支援していただいてる方はたぶん、人数分はちゃんとよこしてくれてると思うんですね、把握して。でも、それを行き渡らないっていうのはちょっとお年寄りの方とか車いすの人はかわいそうだなと思って、いつも私は見てんですけどね。 菅原:それで、3カ所の集会所のどこにもらいに行ってもいい、っていうんじゃないんですか。 W:うちら方は何番から何番の部屋まで今回は、っていうのがあるんですね。だから、その人はその日に行くんですけども、結局、その日の朝とかに張り紙だから、本当に分かんないです。きょうもあったみたいなんですけども、分かんなかったです。行きそびれました。 菅原:そうすると、もらえるときもあるけど、もらえないときもあるわけですね。 W:そうです。本当に大きい業者さんっていうんですか、ティッシュとかお水、くれる方は1軒1軒、回ってくれるんです。それだったら、みんなに行き渡っていいんですけども。ここへ持ってきていただければ、みんな、協力して、1軒1軒、渡せば平等にいくと思うんですけどもね。 菅原:そこの集会所に居る人はボランティアっていうけど、被災者の中の住民なんですか。 W:そうなんです。住民なんです。 菅原:それは、その人がなんとなくボスみたいになっちゃってるわけですね W:そうなんです。 菅原:そういう意味では、ボランティアの方々も、もうちょっとそういうとこ、考えた方がいいですよね。 W:本当、かわいそうですね、お年寄りの方と車いすの方は。 菅原:それで、これから寒くなるんですけど、今、床下からすきま風が吹くとか、あと、雨が降ると結露するとか、いろんな噂が聞こえてくるんですけど、Wさんとこはどうですか。 W:うちも朝になってると、もう結露、すごくて。最初、入ったときは、下、砂利なんですけども、下が底、見えてる状態で。 菅原:見えちゃうんですか。 W:はい。 菅原:床と床のすき間があるんですか。 W:そうです。そこから結構、虫とかも入ってきちゃったから、自分でコーティングして入らないようにはしたんですけども。 菅原:これから底冷えしますよね、やっぱり。 W:そうなんです。 菅原:ところで、避難所に入ってて、仕事のある人とない人に分かれてきますけども、仕事っていうのに、男性の場合は割りと、がれき撤去の仕事とか肉体労働の仕事は結構あるみたいですが、女性の場合って仕事はどうですか。 W:正直いって、うち、子どもも21歳のも居るんですけども、私も41で、ないです。選んでるわけでもないんですけども、ないんですよ。 菅原:やっぱりハローワークとか行かれるんですか。 W:はい。1週間に1回、行ってるんですね、私は見に。 菅原:だけど、やっぱりないわけね? W:ないですね。あったとして、加工やさんとか、あと、石巻方面。石巻市とか、津波、来た場所だから。 菅原:危ないですよね。 W:ちょっと怖くて、とてもそういうとこには娘、出せないなと思って、まだ無職で居るんですけどね。 菅原:Wさん、今まで、津波が来るまでの間は何かお仕事されてたんですか。 W:はい、してました。 菅原:何のお仕事ですか。 W:私はホテルのベッド・メーキングとかしてたんですけども。 菅原:もう、そのホテルもないんですか。 W:ないです。 菅原:じゃ、ホテルの働いてらした人は、100人近い人は全員もう失業者っていう感じになっちゃうわけですね。 W:そうですね。もう連絡も取れなくて。 菅原:そういう意味では、補助金とか助成金とかもらっても、生活費に全部、消えちゃいますね。 W:そうですね。確かに義捐金とかは本当にありがたいんですけども、こうやって、すべて1からだから、誰にもいえないものがね。車、買ったりなんだりしたらもう本当……。世の中っていうか、なったり、したりしたことない人は義捐金もらってるから、いいべって思うかもしれないけど、実際はこうやって生活してみると違うんですよね、本当に。 菅原:そうですよね。子どもがお二人いらっしゃると、学生さんの子はやっぱり学校に行くのにちゃんと普通どおりの学校生活で、結構、お金かかっても、津波が来なかった、ちょっと高台に住んでる人は普通に暮らしてるから、全然……。そういう意味で、全員が流されたわけじゃないんですもんね。 W:そうなんですね。もう、本当……。 菅原:だから、普通どおりに全部、持ってるものとして学校に行かなくちゃいけないわけですよね。それがつらいとこですね。 W:はい、1からで。まだ、ローファーも買ってやらないでいるんです、私。本当にまだ何も。 菅原:いろいろなものを、学校生活するのに必要な、例えば、学校に行くのに今はどうやって行ってるんですか。 W:今はここ、結局、電車がもうないので、私が朝と夕方、送り迎えしてます。 菅原:どのくらいかかるんですか、学校まで。 W:学校までは10分、15分で行きますね。 菅原:他の人たちもやっぱり親がそうやってるんですか。 W:やってますね、同じように。 菅原:じゃあ、仮設からも随分、通ってるんですね。 W:うん、居ます。 菅原:そういう事件を通して、ご家族はどうですか。かえって、子どもたちがたくましくなって、お母さんを助けるとかっていうことはありますか。 W:そうですね。今までは夜、遊び歩いてたけど、震災前は。でも、やっぱりこうなったら、ママを守んなきゃなんないっていう気持ちも子どももあると思うんですけども、ずっとおうちに居て。やっぱり地震が怖いみたいで、外には出歩かなくなりましたね。 菅原:いろんな時期をへて、これから寒くなりますけれども、今度、新たにGoing TOUHOKUの現地スタッフになっていただいたので、ぜひ、いろんなお仕事を頼みたいと思いますから、よろしくお願いしますね。 W:こちらこそ、よろしくお願いいたします。 菅原:じゃあ、寒くなるので風邪を引かないように、頑張ってください。ありがとうございました。 W:菅原さんもお元気で。ありがとうございました。失礼いたします。